制度変更を急ぎ過ぎて、よいものか悪いものか、本当に判断はついているのか
あの小泉・(竹中)平蔵改革に熱狂した大衆は緊縮財政による需要不足に苦しんで、「弱者の味方」の看板を掲げた民主党に政権を渡して愚かな政権運営に呆れた結果、民主党政権を経て、国民は「デフレ脱却」を掲げた安倍自民党に期待を託し、再び政権を渡した。
その安倍内閣は最初は金融緩和に積極財政を進めたが、財政再建を目指すとして緊縮財政に再び舵を切り、成長戦略という小泉平蔵改革を進めようとしてる。
「既得権益」が通用しなくなったからか、「岩盤規制」という言葉を使い、規制緩和を前提にしている。
規制とは何のためにあるのか?
単なる邪魔モノならば何故できて、今の今まで残っているのか?
改革派のいう「既得権益層」とやらが利益を得るためだけに残っているわけではないでしょう。
そんな当たり前の事すら忘れて改革に勤しむのはどうなのだろうか?
現在ある者は、善かれ悪しかれ必要性があって存在している。当たり前のことを忘れて同じ手法で壊すことのみに熱狂し続けるのは止めて、当たり前のことを思い出し振り返る時期ではないでしょうか?
「保守思想の父」と言われたエドモンド・バーグは
「Reform to conserve」(保守するために改革せよ)
こう言いました。
良いものを守るだけでも大変なんです。
良い方に変えるのはその何百倍も大変です。
当たり前。
これを思い出して欲しいもんです。
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