工作員をスカウトせよ!
工作員とは工作統括官である明石の手足となって働いてくれる現地協力者を指します。ロシアに限らずヨーロッパで日本人の明石がおおっぴらに活動をするのは目立ちすぎるし、不満分子を焚きつけるのも外国人の明石が言うより、同胞から言われたほうが活動家たちの警戒心が薄らぐからです。
明石の復命書『落花流水』の内容を信じるならば、ロシア在住中にそれなりに革命家や不満分子にコンタクトをとれたようですが、さすがに当局の目が光っていることもあり、指導者層の人物とのコンタクトはとれなかったようです。
しかし、時間は止まってくれません。明治37年(1904)2月4日、御前会議にて日露協商の交渉を続けてもロシアの満洲支配が強力になるだけだということで交渉を打ち切りロシアに対して開戦することが決定されました。
開戦と前後して明石はロシアを脱出、22日にスウェーデンの首都ストックホルムに到着しました。ここから明石の工作活動を本格化させていきます。なお、日本の軍人がストックホルムにいることに対しての表向きの身分が必要になったため、この時は「ストックホルム公使館附武官心得」という身分になっています。これは明石からの要望で、「(ヨーロッパで活動するために)公式な身分は欲しいがその肩書の職務は免除してほしい」という電報を本国に送っています(出典:アジア歴史資料センター Ref.C03025684300)。
これは現代でも同じことがいえます。日本以外の国ではスパイが国外で活動するときには「語学教師」や「商社マン」などの偽装身分のパスポートを外務省が発行してくれます。そうして本来の身分を隠して国外で活動していくのです。
明石がストックホルムにやってきて、大物の民族主義者へのコンタクトを試みます。フィンランド憲法党(注:党とついているが政党ではなく、活動家集団のこと)の党首カストレンです。明石は紆余曲折ありながらもコンタクトを取ることに成功します。会談の結果、直接的な協力は得られない代わりにロシア国内のスパイのあっせんと、カストレンの同志にして明石の右腕となって活躍するコンリ・シリヤクスの協力を取り付けました。
こうして明石が司令塔となって、シリヤクスが明石の代わりにヨーロッパ中の反ロシア活動家の間を交渉して回ること体制が整いました。シリヤクスが活動家の指導者たちと関係を築いたところで必要があれば明石が直接会い、根回しと資金提供をしていくことになります。
宣伝戦でロシアを貶めろ!
シリヤクスの協力を得て明石の活動は加速度的に進みます。ヨーロッパ各地に点在している民族主義者やロシア人の共産主義者、または自由主義者といった革命家とコンタクトがとれるようになったからです。そして6月に入るとシリヤクスと活動家たちとの関係が深まってきました。そこで明石は国際世論を反ロシアに向けさせるべくパリ会議の開催を企画しました。
これは目的も主義主張も異なる活動家たちを一堂に会して活動方針を宣言することで全世界的な運動とすることが目的でした。ある意味、コミンテルン大会のベータ版のようなものといえるかもしれません。
パリ会議ではロシアのツァーリズムによって周辺国が弾圧されていることを訴えるとともに、ロシア国内も人民が搾取をされているとロシアの非道を喧伝していき、ロシアの体制に揺さぶりをかけることが目的でした。
余談ですが、左翼活動家の性(さが)なのか、必ず誰それが気に食わないと内輪の揉め事を起こす人間がこの時代からいました。ポーランド社会党のヨードコーが急にパリ会議に出席しないと言い出したのです。そこで明石は「出席をしないなら資金援助をやめる」と圧力をかけると活動資金が欲しいヨードコーはあっさりと参加を約束しました。
末端のカルト的な信仰を持った活動家は別にして、組織を指導する活動家に言うことを聞かせるには主義主張ではなく、金の力で解決するのが1番確実で手っ取り早いといえるのです。
10月1日から5日の間でパリ会議が行われ、明石は表舞台には姿を見せず、シリヤクスが議長として会議を取りまとめました。あくまでロシア内外の活動家が主導した会議だと見せる必要があったからです。
参加者が共産主義と自由主義の左右の主義者やロシア人と非ロシア人、強硬派・穏健派が入り乱れる会議でしたが、穏健と思われたグループが最強硬な主張をするなどの盛り上がり?を見せ、それぞれのグループが得意な方法で反ロシア活動をしていくことで決定しました。
パリ会議を期にロシア国内外の空気が変わり始めます。ロシアの同盟国のフランスでも反ツァーリズムが論壇で主張されるようになり、ロシア国内や征服した地域でもデモやストライキ、テロなどの騒動が頻発するようになってきました。ロシアはこれらの鎮圧や治安維持のために兵力を満洲に送ることが出来なくなってきます。
ロシアでは社会不安が広がりつつありました。そんな中、ロシアの運命を暗転させる事件が勃発します。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。