労働生産性をめぐる「合成の誤謬」

「マイナスの技術進歩」とは?

 実際、マクロの労働生産性はどのように計測されているのでしょう。この問題を解決すれば、マクロの労働生産性を向上させる手段を理解することができます。一般に物的労働生産性の向上を決める主因は技術進歩です。しかし、技術進歩による効果は、その技術を採用した企業レベルでは計測できますが、産業レベルやマクロレベルになると事前に計測できません。そのため、「事前にわからないから後で計算する」方法を採っています。
 経済成長が供給要因(労働、資本、技術)によって決定されるとする考え方を「成長会計」と言います。インプット(投入)がアウトプット(産出)を決めるという考え方です。成長会計で技術進歩を表す概念が「全要素生産性(TFP)」です。TFPは、GDP成長率から労働投入量と資本投入量の成長への寄与度を控除した残差として事後的に算出されます(「ソロー残差」といいます)。一見、論理的に思えますが大きな「落とし穴」があります。成長会計は「インプットがアウトプットを決める」とする見解ですが、それでは「インプットを決めるものは何か」まで遡(さかのぼ)れないのです。なぜなら「造ったものが全て売れる」というセイ法則に立脚しているからです。
 現実経済で名目GDPを決めるのは総需要です。需要を見込んで生産量が決まり、それに応じて労働や資本の投入量が決まるのです。経営者は、現在利用可能な諸資源をすべて使って生産しているわけではないのです。そんなことをしたら売れ残りが出るかもしれません。そんな危険なことをしないのです。
 成長会計の「TFP上昇率(技術進歩率のこと)」を見ると妙なことに気がつきます。成長会計の考え方の限界が見えてくるのです。先に提示した「日本の生産性の動向2015年版」によると、2005年から2009年平均の日本のTFP上昇率は、「マイナス0.4%」になっています。2008年に生じたリーマン・ショックの影響によるものとの解説がついています。おかしくありませんか、技術進歩がマイナスになるのは。技術退歩。ゼロならまだわかりますが、技術が現在より退歩することなどあり得ません。生産設備をわざわざ旧式のものに取り換える企業はいないはずです。
 明らかに成長会計における技術進歩率の算出は、景気動向、すなわち総需要の動向に依存しているのです。しかし、私たちはマクロの技術進歩を計測する他の方法を知りません。それしかないのです。現状において「日本の技術進歩率を向上させるには、どうすればよいのでしょうか」と問われれば、「総需要を増加させて名目GDPを成長させること」以外の答えはありません。

積極財政がマクロの労働生産性を向上させる

 技術進歩率が事後的に算出されると同様に、マクロの労働生産性も同じく事後的に算出される概念です。事前に操作することは不可能です。政府は間接的に民間の技術進歩を促す政策、研究開発投資減税、ベンチャー企業への融資制度の充実、最新技術への援助等をおこなうのがせいぜいです。しかし、そうしたミクロの労働生産性を向上させる努力をしても、マクロ的向上に直接つながらないことはこれまで説明してきた通りです。
 マクロの労働生産性(GDP÷労働投入量)を向上させるためのより有効な政策は、分母(労働投入量)をいじらずに、分子(GDP)を増加させることです。しかし、民需が低迷しデフレ脱却途上にある我が国にとって民間主導による経済成長は望めません。不確実な世界にあって、積極的に将来のリスクをとれるのは政府だけです。しかも現在はマイナス金利ですから、政府は金利負担なしに借金ができるのです。建設国債を存分に発行できる経済環境が整っているのです。その好機を逃してはなりません。
 政府は経済成長を促すための投資、例えば国土強靭化投資をはじめ、教育投資、研究開発投資等を着実に実行することが必要でしょう。総需要が拡大し経済が成長すれば、結果的にマクロの労働生産性は向上するのです。目標はあくまでも名目GDPを増加させることであって、労働生産性の向上は副次的についてくるものなのです。優先順位を間違えてはいけません。
 逆に、緊縮財政のようなデフレ化政策を続ければ、成長は損なわれ労働生産性は低下していくのです。主流派経済学者の大好きな潜在成長率も低下を続けるでしょう。総需要と総供給。「どちらが原因で、どちらが結果なのか」を間違えると、失われた20年が再現することになるのです。至極まっとうな需要拡大策をとっていけば、結果としてTFPも労働生産性も向上することに、政治家やマスコミ人は早く気づいて欲しいものです。

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西部邁

青木 泰樹

青木 泰樹

投稿者プロフィール

1956年 神奈川県生まれ
1980年 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業
1986年 同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学
1987年 帝京大学専任講師
1996年 同大学助教授
2007年 帝京大学短期大学教授
現在  東海大学非常勤講師 京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授 会社役員
専門  経済変動論、シュンペーター研究、現代日本経済論

主著 
経済学とはなんだろうか-現実との対話-』(八千代出版、2012年)
シュンペーター理論の展開構造』(御茶の水書房、1987年)
経済学者はなぜ嘘をつくのか』(アスペクト社 2016年)他

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