パブリックコメント制度は機能できない。その理由
- 2014/3/19
- 社会
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「○○に関する規制が政府内で検討されているそうだ。これに対してはパブリックコメント制度を活用して意見を伝えないと」、あるいは「○○計画案策定について、○○市がパブリックコメントを募集している。早く意見を提出しないと」等の会話が、政治行政に関心を持つ国民の間では一般的になったとまでは言えないまでも、比較的浸透してきたのではないのでしょうか。
ということで、パブリックコメントについて思うところを書いてみました。
パブリックコメントとはそもそも何だろうか
『パブリックコメント(意見公募手続、意見提出制度)とは、公的な機関が規則あるいは命令などの類のものを制定しようとするときに、事前に、広く公に、意見・情報・改善案などを求める手続をいう。公的な機関が規則などを定める前に、その影響が及ぶ対象者などの意見を事前に聴取し、その結果を反映させることによって、よりよい行政を目指すものである。』(出典:ウィキペディア「パブリックコメント」)
国においては、平成17年6月の行政手続法改正により法制化され、それまでの「規制の設定又は改廃に係る意見提出手続(平成11年閣議決定)」に基づく意見提出手続に代わって導入されました。
また、地方自治体においても、平成17年6月の行政手続法改正を待つことなく、その手続きが条例や要綱等で定められてきました。
そして先述のように、政治行政に関心を持つ国民においては、一定浸透してきており、制定当初に見られた議会等からの反対意見も少なくなってきたように思えます。
制定当初に見られた主な反対意見は次のようなものでした。
「我が国の政治制度は、国民が代表者を選挙し、その代表者を通じて間接に政治に参加する間接民主制である。したがって、議会の役割を軽視あるいは無視することになるのではないか、明らかに議会主義に反する。」
至極当然の意見と考えます。
よく知られたところではありますが、民意を政治に直接反映させる民主政については(18世紀までの直接民主制のことです)、プラトンやアリストテレスによって「扇動者の出現により衆愚政治に堕する」と批判され、『アメリカの民主政治』を著したトクヴィルにおいては「多数者の専制に陥る」と批判されるなど、古代から哲学者や政治思想家により繰り返し、最悪の政治形態と主張されてきました。
一方、間接民主制の本来性・意義については、先述の直接民主制の危険性を小さくするために、政治の専門家として選挙で選ばれた議員が、有権者よりも卓越した見識に基づき、民意も含め総合的に政策の方向性等を決断、議会で議論を尽くした上で政策を決定することにより、民意の直接的な政治行政への反映を排除するところにあります。
しかし、議会は国民の意見を十分に反映していないのではないか、という間接民主制の本質理解に対する誤謬、平成以降の各種改革の中心理念となっている行政等の透明性の確保、民意反映という潮流の中にあっては、抗すること能わず、逆に当制度を設けていない公的機関が時代錯誤、あるいは業務怠慢との批判を受けるようになってきました。
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2コメント
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パブリックコメント、全く効果がないとは思えません。自治体HPへ意見したことがありますが、HPなどに掲載されます。しかし、意見が集中するため、確実に反映されるかは怪しいです。一方、国の機関や自治体へのメールでの個別の問い合わせには、きちんと回答をいただき反映もされています。民間の公共交通事業者に対する指導をお願いしたことがあります。上位機関に訴えると効果大です。
個別意見が反映されやすくなるパブリックコメントのシステム構築が必要かと思います。