思想遊戯(7)- パンドラ考(Ⅱ) 佳山智樹の視点(高校)

「思想遊戯」特集ページ

女たちを 禍いとして 死すべき身の 人間どもに 配られたのだ

 ヘシオドス『神統記』より

第一項

 修学旅行が終わり、受験へと意識が向かいはじめる季節。なんとなく憂鬱な季節。
 いつも昼飯を食べる友達が休みだったので、一人で弁当を食べようとすると、隣の席の橘さんが話しかけてきた。
橘「佳山くん、今日のお昼は一人寂しく?」
智樹「ほっとけ。」
橘「可哀想だから、よかったら今日は私たちと一緒に食べない?」
 橘さんは、別のクラスの水沢さんと二人でお弁当を広げていた。この二人は、学年でも指折りの美人だ。性格もよいらしく、一人寂しく弁当を食べようとしている僕に声を掛けてくれたようだ。
 ここで、こいつは僕に気があるに違いないとか思うのは、地雷なので止めておく。釣り合うわけもないしね。単に、たまたま一人になったクラスメイトを気遣う以上の感情はないだろう。冷静に分析すると、我ながら悲しくなってくるが・・・。
 まあ、可愛い女子と食事できるということで、断る理由はないな。
智樹「そう? それじゃあ、今日は女子トークに交ぜてもらいます。」
 そう言って、僕は机を少しだけ寄せて、三人で食事することにした。ちょっと気恥ずかしいので、さっそくこちらから話題を振ってみる。
智樹「修学旅行、どうだった?」
 我ながら、当たり障りがない話題だな・・・。
橘「面白かったよ。名所をまわるのも良いけど、夜にみんなでおしゃべりしたりするのも楽しいしね。」
智樹「ああ、分かる分かる。でも、男子チームは、初日とかそれで夜更かしして騒いでいたけど、日にちが経つにつれてみんなさっさと寝るようになったけどね。」
橘「う~ん、女子チームもだいたいそんな感じかなぁ・・・。後半のバス移動では、ほとんどの人が寝てたもんね。」
 そんな感じで、僕は当たり障りのない会話を続けた。噂では、橘さんが旅行中に告白されたって話だけれど、それをいきなり聞くのははばかられる。そんな空気を読まない暴挙には出ないぞ。・・・などと思っていたら、今までほとんどしゃべっていなかった水沢さんが口を開いた。
祈「ねえ、佳山くん。」
智樹「何かな?」
祈「佳山くんは、旅行中に誰かに告白とかしたの?」
 ・・・・・・はい?
 来ましたよ。恋愛ネタですよ。
智樹「い、いや、ないよ。そんなイベントは発生しておりません。」
 なぜか、しどろもどろになってしまった・・・。でも、やっぱり女子は、こういう恋愛ネタが好きなのかね?
 辺りを見回してみる。とりあえずそれなりに距離もあるし、声も大きくないので周りには聞こえてはいないと思う。橘さんの方を見てみると、驚いた顔で水沢さんを見ている。水沢さんは、そんな橘さんの視線を知ってか知らずか、さらに僕に質問してくる。
祈「そうなの? 旅行中に好きな子に告白って、定番だと思うけれど・・・。」
智樹「まあ、確かに定番かもしれないけどさ。でも、そういうのって、少しでも勝算がなければ勇気出ないしね。」
祈「そうかぁ・・・。勝算、なかったの?」
智樹「勝算も何も・・・、それより、そっちはどうなの?」
 こうなったら、こっちからも聞いてやるぞ。
祈「そっちって?」
智樹「僕だって、噂くらい耳にしてるよ。」
 水沢の言動に驚いていた橘が、こっちを向いてもっと驚いた顔をした。なにか、可愛そうになってきた・・・。フォローしておくか・・・。
智樹「いや、橘さんは美人だし、それは男としては、修学旅行なんて好都合なイベントがあれば、玉砕覚悟で告白ってのは自然な流れだと思うけど・・・。」
 僕がそういうと、橘さんはうつむいてしまった。まずかったかな・・・。
祈「へえ、そうなんだぁ・・・。ねえねえ、郁恵ちゃん。どうだったのかな?」
 僕は気まずく感じていると、水沢さんがどんどん話を進めてしまう。水沢さんって、一見おとなしそうに見えて、けっこうストレートなのかもしれない。
橘「いや、私は、その、ごめんって・・・。」
 橘さんは、うつむいたまま小声でぼそぼそと話す。僕はあわててフォローしようとする。
智樹「まあ、そうだよね。うん。そう聞いているし。まあ、そういうのは一期一会と言いますか、タイミングと言いますか、なるようになるときはなるし、ならないときはならないっていうか…。」
 僕がしどろもどろに話していると、水沢さんが聞いてきた。
祈「ふ~ん? 佳山くんは、どこまで知っているのかなぁ?」
 僕は周りを確認し、あわてながら応えた。
智樹「いや、知っているというか。有名っていうか。修学旅行のそういった話って、どうしても話題になっちゃうよね? 僕も詳しく知っているわけじゃないし。又聞きの又聞きっていうか、そんな感じだよ。」
 僕の応えを聞くと、水沢さんはうなずいて、それから橘さんの方を見て言った。
祈「だって、郁恵ちゃん。」
 女子の恋愛トークに付き合うのは、やっぱりかなり大変だ。今後は巻き込まれないようにしようと、僕は無駄なことを思ってみたりした。
 ただ、それから僕は、隣の席ということもあり、橘さんとは割と話すようになった。水沢さんは別のクラスでなかなか会わなかったけれど、廊下で会ったときなど、ちょっとした世間話くらいはするようになった。そのことで軽く冷やかされたこともあったけれど、彼女たちが僕なんかを恋愛対象に見るはずがない。僕は、彼女たちとは別に好きな女子がいると皆に言うことで、無用な冷やかしもなくなった。

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西部邁

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