「命が一番大事」という価値観は人間をニヒリストにする

自身の持つ生命以上の本質的な価値

ここで、先の「祖国のために命をかけて戦えるのか?」という問題に戻ると、この問は横軸として公と私という対立軸が存在し、同時に縦軸として利益と徳性というもう一つ非常に重要な問題を孕んでおり、なおかつ公私や徳と益も綺麗に二分出来るものではなく、互が他を部分的に包摂するというように意外なほど複雑な問題であるということが見て取れます。

しかし、やはりこのような思想的・精神的な葛藤に最も直面するのは戦争という極限状態においてなのでしょう。私のような自国の戦争を全く知らない人間が、このような自体に直面し、いかなる態度を取るべきか?という問題に「これだ!!」という解答を与えることなど、もちろん不可能なのですが、このような問に対する、一つの優れた解答を戦前生まれの政治学者である佐藤誠三郎氏(故人)の「丸山眞男論」の中に見出すことが出来ます。

しかし私は、この論争に関する限り、中野の態度の方が優れていると信ずる。個人として当時の政府の戦争政策にいかに反対であろうと、いったん戦争が始まったら、「国民としての義務の限り」では戦争に協力するというのは、まさに健全なナショナリズムではないか・・・。ある国の国民であるということは、その国と運命をともにするということであり、したがって政府のやったことに否応なく連帯責任を負わざるをえないということを意味するのである。それは政策決定がどの程度民主的であったかどうかとは、とりあえず関係ない。・・・
私はもし10年自分が早く生まれ、学徒出陣という事態に直面したら、どのような選択をしたであろうかと考えることがある。臆病な私のことだから、喜び勇んで出陣することはなかったであろう。しかし仮に出陣を避ける方法があったとしても、それを利用して兵役を免れることには強いためらいを感じ、最終的には出陣したに違いない。そして特攻隊のような、きわめて危険な任務に応募するようにいわれたならば、第一番に応ずることはないにせよ、三番目ぐらいには志願したに違いない。・・・そして私はこのような態度が、官僚的国家主義に毒された間違ったナショナリズムとは考えない

思うに佐藤氏は出陣を避ける方法があったとき、それを利用して兵役を免れる事が、自身の持つ生命以上の本質的な価値を冒涜するような、あるいは生命の価値そのものを全く貶めるような不安を抱くであろうと感じたのではないでしょうか。「ある国の国民であるということは、その国と運命をともにするということであり、したがって政府のやったことに否応なく連帯責任を負わざるをえない」などと言えば、左翼的な論者であれば、「これこそ悪しき国家主義であり、軍国主義なのだ!!」と叫び、またそこまで下品にも偽善的にもなれない多くの国民ですら、なんとも時代錯誤な全近代的価値観だと思うのではないでしょうか?

しかし、同時に、戦後的な価値観に骨の髄まで浸かりながらも、また一方でその戦後的価値観を醒めた目で見られるようになった私たちのような世代の人間は、
「戦争が起こったら、私はすぐにでも国外へ逃亡しますよ!!」
などと言って得意気になっている連中の賎しさや胡散臭さも客観し出来る程度には冷静に戦後民主主義的価値観を相対化しています(まあ、それ以前に、普通に考えれば実際に戦争が起きれば出国制限がかけられ容易には国外逃亡することなど不可能でしょう)。

また、同時に、私たちは、このような文章を書いた佐藤氏が、おそらくは「世の中所詮カネだよ」「戦争が起こったらすぐさま国外逃亡するね」などと語るニヒル野郎や「生命こそが一番大事です!!」などと絶叫するエセヒューマニストのような卑しい心根や顔つきとは遠く隔たった心情や顔つき、あるいは態度を保っていたであろうと推測出来る程度には彼の想いに同情的であるでしょう。

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西部邁

高木克俊

高木克俊会社員

投稿者プロフィール

1987年生。神奈川県出身。家業である流通会社で会社員をしながら、ブログ「超個人的美学2~このブログは「超個人的美学と題するブログ」ではありません」を運営し、政治・経済について、積極的な発信を行っている。

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コメント

    • st
    • 2016年 1月 19日

    ニヒリズムを克服するには自分自身の保身以外に生きる目的を見付けなければいけないというのはよく分かりました。

    一つ疑問なのですが、国とは一体なんでしょう?私は国の何に忠誠を誓えばいいのですか?天皇陛下でしょうか?それとも自分以外の人のためでしょうか?

    人のため、と言いながら死んだ顔して社会で生きている人間もいますが、彼らはなぜ人生を薄っぺらくしてまで生命を長らえさせて私心を殺して生きているのでしょうか。

    生きる目的を設定するのは簡単だと思います。

    ただ、設定すること自体にはやはり自分の好みとかが関わって来ますし、別に生きる目的の意味が国のためで無くてもいいような気がするのです。

    それに、戦後これだけ愛国心を持たないものが増えているということは、愛国心が真理ではなく、意図的な教育の結果育まれるに過ぎないものではないかとも思うのです。

    • ko
    • 2016年 6月 08日

    わたしも上の方と同様に、『国家』という枠組みこそ、相対化して見るべきだ、と考えました。

    出国制限をかけられるなら、そのこと自体の、正当性や是非こそ、問われるべきです。出国制限が、かけられたからという理由で、国のために死ぬことを、賛美されますか?

    それは、過去にナチスがやっていたことです。過去の歴史を見ると、あらゆる強権的・独裁的な国家が、平気で行ってきている。どこのどんな国でも、戦争を強制させる可能性があり得るのです。日本だけは大丈夫?大丈夫だと思っていたのが、50年前の日本人でした。

    事が起これば、もちろん、それはあなたをも、対象とします。
    あなたの家族をも。

    ヒューマニストが、いつのまにか、自分の生命だけを愛するような、ニヒリストやエゴイストになりかねないという部分は、確かに、そのとおりだと思います。

    愛するがゆえに、見落としているものがある、ということですね。

    公徳・公益という観点も素晴らしいと思います。
    ただ、このときに、公徳・公益が、国家だけを指す必要はないと思います。

    国を越えた枠組みでも、公共的な、公徳・公益は、あります。
    たとえば、環境破壊への取り組みは、一国の枠組みの中では、解決しません。

    また、国内の県市町村の単位の問題や、身近なささやかな公徳・公益もあるでしょう。
    身近な人への配慮こそが、公徳の基礎にあたるのでは、ないでしょうか?家族単位の公徳・公益もあるし、友人同士の集団でもあるはずです。

    愛国心を賛美することで、見落としている物事にも、向き合うことは、大事なことだと思います。

    わたしの立場は、「人はみな死ぬ」からこそ、この一度限りの生を、輝かせたい、と考えます。人の生は、遠くから見れば一瞬です。

    その輝かせ方は、国のために、限定される必要はなく、それぞれの価値観(公徳・公益・私徳・私益)に従う道もあると思うのです。
    ほんの少しでも、輝かせる努力をするだけです。

    • 結び
    • 2016年 7月 02日

    まずは学びましょう。

    そして自分にとっての最善の道を。

    意図的な教育を受けたとしても、

    幾らでも自ら学び

    自分の目と耳で

    自分にとっての道を

    発見すれば少なくとも方向は見えるでしょう。

    結果の帰結として、

    色々な主義や思想にたどり着く。

    そこは強制されるものではなく、
    個人が気付くべきものなのではないのでしょうか。

    少なからず、物事や考え方には段階があります。

    同じ事の繰り返しで見えることも気付く事も
    あるでしょう。

    物質的なモノから脱して思考してみる

    大切なコト。

    歴史、過去、現在、未来

    そしてこの国が繋いできた文化。

    全て意味と理由がある。

    ただやはり学び続け

    どうあるべきであるかを

    自分の形と型で

    追求して行き、

    結んで行きましょう。

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