正しい言論はなぜ通らないのか―現代権力のしくみについて―

 さて、以上をまとめると、正論がなかなか通らない理由の主なものは、第一に、よくものを考える論者が権力(マスコミや有名知識人も含みます)を持たないために、権力が知的な意味で劣化してしまうこと、第二に、一般民衆は生活に追われてあまりこれらのテーマに関心を持たず、情緒に流れて権力の言うことを何となく受け入れてしまうこと、そうして第三に、結果として権力を握っている者たちは、それぞれの権限内で、けっこう自分たちは正しいことを言ったりやったりしていると思いこんでいること、となるでしょうか。

 これはかなり始末の悪い状態です。さらになぜこういうことになるのかを考えてみますと、ここには現代文明社会の病理が浮き彫りになってくるように思われます。その病理とは、社会があまりに複雑・巨大に発展したために、物事を総合的な視野の下に収めたうえで、その是非を判断できる個人やグループがきわめて少なくなってしまったということです。パワー・エリートたちも例外ではなく、みんなが自分の限られたポジションとそこから見えるものだけを頼りにばらばらに判断を下している。鳥の目を失って虫の目しか持てなくなってしまっている。

 このように理由が分かったとして、ではどうすればこの根深い問題を少しでも解決の方向に導けるでしょうか。国家共同体を統率する責任者たちに問題を限定するなら、一つの提案として、政治家と官僚の組み合わせ以外に、優れたジェネラリストが集まる中央シンクタンクのような機関を早急に創出する必要があるでしょう。これは政権が代わるごとに取り換えられるのではなく、ちょうどプラトンが哲人国家を構想したように、かなり永続的なメンバーシップを維持します。そこで国家のあらゆる側面にかかわる長期的なグランドデザインを構想してもらうのです。もちろんそうした仕事に耐える人材育成のための教育機関も必要です。ポピュリズムやヘンな信念や誤った外来思想の支配を避けるには、これしかないと思うのですが、いかがでしょうか。

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西部邁

小浜逸郎

小浜逸郎

投稿者プロフィール

1947年横浜市生まれ。批評家、国士舘大学客員教授。思想、哲学など幅広く批評活動を展開。著書に『新訳・歎異抄』(PHP研究所)『日本の七大思想家』(幻冬舎)他。ジャズが好きです。

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コメント

    • 岡部凜太郎
    • 2015年 4月 04日

    私は小浜先生の多くの論説を支持する立場であり、この記事も共感する部分が多いですが、一つ疑問があるのでコメントいたします。
    ISやイスラム国と呼ばれるテロ組織について、小浜先生は、欧米のテロ戦略に安易に迎合すべきでないと仰っていますが、これは欧米の反ISという考えではなく、ある種の友好関係を築くべきという考えなのでしょうか。
    友好関係は言いすぎたとしても、あまりこの問題に深入りするなということなのでしょうか。
    仮にそうならば、私としては反論したいと思います。
    確かに欧米諸国の今までの中東地域に対する対応というものは、非人道的と言わざるをえないというものも多かったです。現在も欧米流の世俗主義を押し付けている感はあります。しかし、だからと言ってISに正義は絶対、一片たりとも無いと思います。彼らは自らの聖戦の前に多くの同胞を殺害し、強姦しています。それを彼らはある種の正当化までしている始末です。自分たちの正義の為に多くの同胞を殺害したのは、スターリン率いるソビエトと同じです。それに対して欧米諸国が危機感を持つのは当然と言えます。20世紀の共産主義と同じく、病原菌のようにISが掲げる正義が世界に広がるかもしれないからです。もし日本にISが掲げる思想が流入すれば、神道や仏教の伝統的価値観は全否定され、万世一系の天皇や皇室も一瞬にしてなくなるでしょう。日本人はヤジディ教徒同じく、女は強姦され、男は殺害され、子供は奴隷として生きることになるでしょう。イスラム教が圧倒的少数派の日本でそのような自体は起こり得ないと言う人もいるかもしれませんが、北海道大学学生のIS参加事件があったように未知な若者が1960年代の学生運動のようにイスラム過激主義を広めることも十分、可能性としてはあるでしょう。そういった地獄を日本でおこさないためにも私は日本が積極的にIS討伐に参加し、ISを殲滅すべきと考えています。

    • 旅丘
    • 2015年 4月 05日

    私は、小浜先生と非常に近い問題意識を持っていると(勝手に)思っていますが、少し疑問に感じた点もあります。
    シンクタンクを作るのは多いに結構ですが、どうすればそのシンクタンクが既存の腐った言論機関や利益団体みたいにならずに済むのでしょうか?
    正しいかどうかは私にも分かりませんが、私の案としては、全国民から抽選で選ぶのがいいのでは、と思います。
    少なくとも、権力争いで選ばれた政治家よりはマトモな人が集まると思いますし、「次の選挙」がないから変な団体に取り込まれることも少ないのではないでしょうか。

  1. コメントをくださったお二人にこれからお答えしますが、まことに勝手ながら、お答えは今回一回限りにさせていただきます。よく延々と応酬を続けている例を目にしますが、残念ながら、だんだんお互いの言葉じりをとらえたただの消耗戦になっていくことがたいへん多いようですので。どうぞ悪しからずご了承ください。

    ●岡部凛太郎さんへ

    コメント、ありがとうございます。

    この問題は、じつはとても複雑にして微妙で、確定的な判断をためらわせるところがあります。私からのお答えとしては、ご指摘の二つの点、日本は友好的関係を結ぶべきだというのでも、深入りするなというのでもなく、現時点では、まさに字義どおりに、「欧米の対テロ戦略の動きに安易に迎合すべきではない」と言いうるのみで、言論としてはそれ以上の判断を下すのは控えた方がよいということになります。

    理由をなるべく簡潔に述べるために、箇条書きにします。

    ①私たち日本人のほとんどは、イスラム文化圏の独特な性格、また現在、中東および北アフリカ地域で起きていることの実態をよく知らない。よく知らないことについて、早急に支配的な流れに乗って旗幟鮮明にすることは避けた方がよい。
    ②この地域における混乱と不安定の主たる要因は、近くはアメリカの政治的・軍事的介入による、いわゆる「アラブの春」の失敗にあり、さらにさかのぼればそれは、イギリスとフランスの帝国主義的な植民地支配という歴史的事情にもとづいている。
    ③またさらにさかのぼれば、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒の三つ巴になった近親憎悪的な確執の歴史が根深く絡んでいる。欧米の対イスラム・テロ戦略には、この複雑な宗教的葛藤の感情が大きな役割を果たしている。
    ④したがって、そうした歴史を共有しない日本にとっては、「どちらの味方につくか」という性急な問いの立て方自体が、軽率さを免れない。もし私たちが、「西側自由主義諸国」という枠組みだけをテコにして、この戦略に思想的に同調するならば、欧米諸国が経てきた凄惨な歴史をそのまま引き受ける覚悟を持たなくてはならない。
    ⑤「テロを絶対に許すな」というスローガンを掲げる欧米の対テロ戦略には、自分たちが切実に感じてきた被害と脅威に対する報復と防衛の意図が秘められており、そこには同時に、自分たちがなしてきたこと(たとえば中東支配やムスリム差別やアジア植民地支配や日本に対する原爆投下)から人々の目をそらさせる作用がはたらいている。したがって、このスローガンを、「普遍的な正義」として簡単に承認するわけにはいかない。
    ⑥「イスラム国」またはISが与えている「残虐さ」のイメージや「異教徒の奴隷化」のメッセージは、欧米社会がかつて盛んに行ってきたことであり、また、戦争状態においてはつきものの事態である。したがって、その部分の情報だけをよりどころに、正義か不正義かの道徳的判断によって態度決定をしても、あまり意味がない。
    ⑦今世紀におけるイスラム・テロの頻発には、経済的な格差に対する怨嗟も深く絡んでおり、そこには、繁栄した欧米先進諸国のイデオロギーであるグローバリズムがもらたした必然的な結果とみなせる部分がある。この経済的な世界矛盾に目を据えずに、ただ抽象的な命題としての「テロ撲滅」を謳うことは、私たちの視野をかえって狭くしてしまう。
    ⑧だからといって、日本もグローバル世界に生きているかぎりテロの脅威(もっと広げれば戦争の脅威)から無縁ではありえず、したがって、現実的な脅威に対しては、国家としての安全保障体制をしっかり固めるべきである。その限りで協調できるところとはうまく協調していくべきであろう。

    だいたい以上です。日本は何ができるか。ぎりぎりのところで言えるのは、友好でも知らん顔でもなく、国益を第一に考えつつ、調停的外交という戦略的な立場をいかにして作り上げるかがこれからの課題だということです。もちろん口でこんなことを言うのは簡単ですが、これとて、たいへん難しい課題だということは心得ておかなくてはなりません。いずれにしても、「イスラム国」はただのテロ集団ではなく、ある歴史的・宗教的・社会的な必然の下に立ち上がった新興勢力であり、またこの流れは、たとえ一地域共同体としての「イスラム国」一つを滅ぼしても、今後、世界のあちこちに拡散していくことはまず確実だろうと思われます。失礼ながら、単純な正義感から「殲滅」などという言葉をお使いにならないほうがいいと思います。

    ●旅丘さんへ

    コメント、ありがとうございます。

    中央シンクタンクが、またもや利権にまみれてしまう、というのは、たしかに大いにあり得ることですね。そのチェック機構や規制する法律がまた必要になり、それを作っても有効に機能するかどうかも疑わしい。これは不完全存在としての人間のどうしようもないところで、イタチごっこを続けるしかないのではないでしょうか。

    その問題もさることながら、私自身がこんなアイデアを出しておきながら気になっているのは、いったいどういう手続きによってこういう組織を作り上げ、何によって権威ある機関たらしめるのかという問題です。メンバーの候補を誰がどうやって絞り出すのか、その資格要件は何か。長期間にわたって実質的な権威を保障するにはどうすればいいか。たとえばいまのアカデミズムにこれを期待するのはどうも無理なようです。東大教授の経済学者なども、とんでもないことを言っている人が何人もいますから。政治家も、与党野党ともに、わかっていない人がじつに多いですね。というわけで、まことに悩ましい問題で、言ってはみたものの、うまい答えが見つかりません。ただ必要性を強く感じるのみです。

    抽選というアイデアですが、これは何の資格要件も付さずに一般国民から選ぶというご提案だとすれば、私は反対です。人間の洞察力、思考力、表現力、視野の広さ、徳性には、人によって月とスッポンほどの差があるからです。まず、きわめてすぐれた少数者が権力を握るにはどうすればよいかから考えていかなくてはなりません。

      • 岡部凜太郎
      • 2015年 4月 08日

      返答ありがとうございました。
      正義、悪という二元論的な対立の価値観に終始していたことに気づかされました。
      これからイスラムと欧米について私なりにて勉強したいと思います。
      これから活動頑張って下さい。

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