もう一つの見えない戦争ーインテリジェンスで盛衰した日本ー

19世紀における西欧人の価値観

 世界の誰もが日本はロシアに飲み込まれると思っていました。
そんな中、「朕は戦争を欲せず」ロシア帝国皇帝のニコライ二世が日露戦争の直前に言ったとされる言葉です。この一言をもって実はニコライ二世は日本との戦争を回避しようとしていたと俗説では言われていますがこれは大きな誤りなのです。

 19世紀の世界では、独立国には3つの自由があるとしました。
・軍備の自由:どの様な軍隊を持つか(常備軍、招集兵、義勇軍、等)
・戦争の自由:どういう理由で誰と戦うか(理由は何でも構わない)
・同盟の自由:何処とどういう目的で同盟(攻守同盟)を結ぶか、中立するか

 つまり、19世紀の世界においては戦争を行なうかどうかの決定は独立国(列強)であり、不平等条約を受け入れて辛うじて半文明国と認められている小国の日本から開戦を決断するというのは、この時代には常識的に絶対あり得ない出来事だったのです。

 現に19世紀の間の戦争は列強と植民地での戦闘が主流であり、普仏戦争以降、列強同士が正面から本格的な戦争をすることはありませんでした。(その為、日露戦争では欧州から多くの観戦武官がやってきた)
余談ですが、当時ドイツ以外に列強同士の戦争を経験して、なおかつ勝利した国がなかったので日本はドイツを手本としたのでした。当時の欧州には職業軍の意識はなく、軍の主流は植民地を統治する植民軍だったのです。

 また、ニコライ二世は皇太子時代に日本へ旅行に来ています。その際に起こったのが皇太子ニコライに警察官・津田三蔵が斬りかかるという大津事件でした。ところがニコライ二世の日記を読むと本人はまるで気にした素振りではありません。

 それは何故かというと彼は日本人(有色人種)をそもそも人間として見ておらず、ヒステリーをおこした野猿にでも引っかかれたくらいにしか感じていないからなのです。だから、本来ならロシアからの宣戦布告の理由になるような大事件でも(欧州情勢が緊迫していて東方に出てこられないという理由はありつつも)日本は事なきを得ることができたのです。

 以上のことから先のニコライ二世の「戦争を欲せず」という言葉は日本とは戦争をするまでもなく、日本が折れるに決まっていると考えているという意味なのです。

日露戦争後にロシアで日露戦争を研究した『露日海戦史』が作成され、日本にも翻訳版が輸入されたが、その中では当時ロシアの戦争指導者は「日本が相手ならば、戦わずに勝つ。」というのが共通認識とされていました。

 しかし、結果は世界の常識を覆したものでした。文明国と見做されていない有色人種の小国日本から白人の列強に対して宣戦布告を行い、なおかつ大英帝国に比肩する陸の覇権国家ロシア帝国に打ち勝つという人類史に残す偉大な快挙を成し遂げたのでした。
 以後、大国ロシアを打ち倒した日本は世界から大国として認められ国際連盟の常任理事国となり隆盛を極めることになるのです。

忘れ去られたインテリジェンス

 ところが、この勝利の原因は歴史教科書などによれば日本ではなく同盟国の大英帝国や仲介国のアメリカの力が大きく勝利に貢献したということになっています。

 それは確かに一義的にはそうなのですが、そもそも常識的に勝ち目のないと見られている戦争でそれらの国や国際世論を味方に付けた日本の外交努力が凄まじかったということが全く触れられていないのが問題です。
 そしてもう1つ教科書ではまったく触れられていないものがあります。それこそ日本がロシアに仕掛けた大謀略『明石工作』の存在です。これこそインテリジェンスを駆使して日本が大国ロシアに打ち勝つための起死回生の一手だったのです。

 ところが日露戦争の後、この日本の謀略を真似する国が出てきます。それがロシア帝国を共産革命で打ち倒して生まれたソビエト連邦でした。一説にはレーニンは明石工作を手本に世界中で革命工作を行ったと言われています。そしてついに、日本はソ連のスターリンが仕掛けた謀略により先の大戦では敗北を喫することになったのでした。

 ですが、ここでもインテリジェンスや謀略について教科書では触れられません。日本人は学校教育からしてインテリジェンスに触れられないよう、学ばないようにされてしまっているのです。
 その結果、今やインテリジェンスを正しく理解する日本人の方が稀になってしまいました。

 日本はインテリジェンスを駆使することによって生存と繁栄を勝ち取りながらも、インテリジェンスの不全により敗北し、今まで戦後レジームと呼ばれる敗戦国体制が続くことになるのです。
 だからこそ、日本人はインテリジェンスを取り戻さなければなりません。
その為にはまず成功体験を思い出す必要があります。

 それこそが奇跡の大勝利である日露戦争であり、それを影から支えた明石工作なのです。(以後、次回に続く)

固定ページ:
1 2

3

西部邁

南慧介

南慧介フリーライター

投稿者プロフィール

昭和60年生まれ。広島県出身。

主著 :倉山満『軍国主義が日本を救う』(平成26年、徳間書店)
ほか編集協力

この著者の最新の記事

関連記事

コメント

    • うれなり
    • 2015年 3月 27日

    某塾の大好きな「受験秀才」なるレッテル貼りですが、
    この逆差別をやり始めたら終わりですね。
    少例の一側面のみを切り取った強引な一般化であり、
    自己慰撫のための願望にすぎないからです。
    個人的ルサンチマンによって根本原因を読み違えていては
    「インテリジェンス」としても問題でしょう。

    某念氏の迷言「受験はテクニックだけ!」も典型ですね。
    そんなに簡単なら
    さっさとそのテクニックとやらを身に付けて受かってみてくださいよと。
    できないなら安易に一般化しないこと。

    「今の大学はレベルが下がっていて情けない!」
    わかりましたから己が
    少なくとも「低いレベル未満」でないことを証明してからモノを言いましょう。

    モノを言うには資格が要ります。
    無職の人が「お前ら働かないとダメだぞ!」とは言えないのと同じ話です。

      • 南 慧介
      • 2015年 3月 31日

      うれなり様

      コメントありがとうございます。

      > 某塾の大好きな「受験秀才」なるレッテル貼りですが、

      まず、こちらはどの塾を指してのことなのでしょうか。
      そして、これは私の拙文と何か関係のあることなのでしょうか。

      > 個人的ルサンチマンによって根本原因を読み違えていては

      貴君が拙文をどう受け取られたかは分かりかねますが、ルサンチマンだとどこで判断されましたでしょうか。
      私は自分の経歴に後ろめたさを感じるものがないので正直、困惑しています。

      > 某念氏の迷言「受験はテクニックだけ!」も典型ですね。

      これは拙文と何か関係があるのでしょうか。
      私のあずかり知らぬ事をここで批判されても知りません。

      > 少なくとも「低いレベル未満」でないことを証明してからモノを言いましょう。

      それは、私の文章をお読みの上で読者の方がそれぞれ判断するべきものではないのでしょうか。
      もしも、学歴や肩書だけで判断をするなら、それは思考停止だと思いますが如何でしょうか。

      > モノを言うには資格が要ります。

      貴君の理屈に従うなら、最近「クリミアのロシア編入はウクライナ人もクリミア・タタール人も喜んでいる。友愛な世の中をかなりつくっている」だと述べた東京大学出身の元総理大臣の鳩山由紀夫という人がいましたが、
      この人を批判するには最低でも東京大学出身の総理大臣経験者でなければならないということなのでしょうか。
      私はそんなことは無いと思います。何を言っているかの方が重要だと思いますが、如何でしょうか。

      肩書やましてや拙文と関係のない人の発言を持ってきて根本原因を読み違えては「インテリジェンス」としても問題ではないでしょうか。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

  1. 2014-10-20

    主流派経済学と「不都合な現実」

     現実にあるものを無いと言ったり、黒を白と言い張る人は世間から疎まれる存在です。しかし、その人に権力…

おすすめ記事

  1.  アメリカの覇権後退とともに、国際社会はいま多極化し、互いが互いを牽制し、あるいはにらみ合うやくざの…
  2. SPECIAL TRAILERS 佐藤健志氏の新刊『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は…
  3. はじめましての方も多いかもしれません。私、神田錦之介と申します。 このたび、ASREADに…
  4. 「マッドマックス 怒りのデス・ロード」がアカデミー賞最多の6部門賞を受賞した。 心から祝福したい。…
  5. 多様性(ダイバーシティ)というのが、大学教育を語る上で重要なキーワードになりつつあります。 「…
WordPressテーマ「CORE (tcd027)」

WordPressテーマ「INNOVATE HACK (tcd025)」

LogoMarche

ButtonMarche

イケてるシゴト!?

TCDテーマ一覧

ページ上部へ戻る